![]()
![]() |
上越市五智 国分寺
国分寺 (現在の上越市直江津) 境内の草庵に移住していた親鸞聖人が、この地の居多神社に詣で、ここで「わが念願を守りて、その奇瑞をあらわし給え」と祈願をこめたところ、境内に生えていた葦が一夜のうちに片葉になったと伝えられている。一帯には現在も一方側に葉をつけた、いわゆる片葉の葦が見られる。 |
![]() |
新潟市鳥屋野 西方寺
親鸞聖人が鳥屋野の里で布教の際、持っていた竹杖を地面にさし仏縁を説いたところ、その竹から芽が出て、しかも逆方向に枝葉が繁茂し立派な竹藪になったと伝えられている。 竹の枝垂れはほとんど他に類がないので、きわめて珍しい奇形と考えられて、新潟市鳥屋野西方寺に安置されている逆竹の標本などでは、節のところから下へ折れ曲がっている。 |
![]() |
北蒲原郡安田町 孝順寺
親鸞聖人が保田の里を布教にまわった時、信徒の捧げた焼栗をまいて仏縁を説いたところ、芽が出て繁茂し、1年に3度実りまた1枚の葉の先が2枚に分かれて成長したといわれる。 北蒲原郡安田町保田の孝順寺には、三度栗の枝が保存されている。枝の一番下の実は6月、その上のものは8月、10月に実ったものと伝えられている。 |
![]() |
北蒲原郡京ヶ瀬村小島 梅護寺
親鸞聖人がこの地を滞在された折り、ご飯の御数に漬けた梅を出されその種を庭に撒いて念仏の有り難さを説いたところ、不思議にも芽が出て鼻一輪に八つの実を結ぶようになったと伝えられている。 八ツ房の梅とは薄紅の八重咲きであり一つの花に雄しべが八つある。梅の実は真ん中に一つ周りに七つある。実が大きくなると周りの実が押し合って落ちてしまい真ん中の実が一つ残る。 |
![]() |
西蒲原郡黒埼町山田 田代家
親鸞聖人が鳥屋野の草庵を出立し、見送りの信徒と共にこの場所で宴を催したとき、信徒が焼いた鮒を献じたが、聖人は、この焼鮒を山王神社の境内の池に放したところ鮒は生き返って泳ぎだしたと伝えられている。 寛政八年(1796年)境内の大榎の枝が風で折れたとき、二股に分かれた幹の切り口に聖人の姿と、いま片方の幹に焼鮒の形が現れたので、信徒は、これを山王神社の神代田代家に安置して聖人を偲ぶよすがとしたと伝えられている。 |
![]() |
南蒲原郡田上町 了玄寺
聖人が護摩堂山城主宮崎但馬守に招かれて法話を説いた際、城主が献じたかやの実の一粒を地面に植えて仏縁を説いたところ、芽を出して実を結んだ、といわれている。しかもその実には一粒ごとにつないだ穴の跡が残っており、また、一枚で葉が表向きと裏向きに互い違いになっているものも見受けられる。 カヤの葉の着生具合からすると、らせん状に生える性質があり、この性質から考えると、枝そのものがねじれて伸び、同じ方向に向いていた葉が裏返しになるものと思われる。こうしたツナギガヤも出る年と出ない年があり、どのような環境条件でこうした発現になるかはきわめて興味がある。 このカヤの期は500年前護摩堂山城跡から了玄寺境内に移植されたもので大正11年に国の天然記念物に指定されている。 |
![]() |
北蒲原郡京ヶ瀬村小島 梅護寺
滞在中の親鸞聖人が出立の際、手にした数珠を路傍の桜の枝にかけ仏縁を説いたところ、毎年数珠の房のように垂れ下がって咲くようになったといわれる。 この桜は一般の住宅地にも普通に植えられている八重咲きの里桜の種類で、花弁数の多いこと、花房が長くて花梗に長所のある事が特徴である。この桜の花房は大変長いもので10cm以上もあり、更に小花梗も長いもの短いものと長短があって数珠の房のように垂れ下がって咲くのが特徴である。 |